取材さんぽ《世田谷》

おしゃれな中にもいにしえの面影が残る街

合格祈願のメッカとなった松陰神社

安政の大獄に連座して処刑された松陰は荒川区の豊国山回向院に葬られていたのを、文久3(1863)年にこの地に改葬されたそうです。

この年は幕末の動乱が激化した年といわれています。下関外国船砲撃事件や薩英戦争、八月十八日の政変、将軍上洛、天誅組の変、新撰組

の結成など、があったと歴史にあります。

松陰先生がこの時代に生きていらしたら、その天才を生かして、さぞご活躍なさったでしょうね。というわけで、学力向上、合格祈願と

いえば松陰神社となるのですが、参拝者の気合いの違いは一目瞭然。ただのお散歩や街歩きとは明らかに意気込みが違います。

 

三軒茶屋駅とキャロットタワー

人参色のキャロットタワーは地上26階地下5階の複合施設です。東急世田谷線三軒茶屋駅にもつながっています。平成8年に完成して以来、

世田谷のランドマークとして親しまれていて、26階の展望スペースは無料。天気がよければ富士山も見えるそうです。

昨年は世田谷線開通百周年でいろいろなイベントが開かれ、いずれも大盛況。地域の足として愛されています。

五色不動の一つ目青不動尊がいらっしゃる最勝寺(教学院)

都内には五色不動と呼ばれる不動尊群があります。「お不動さん」と親しげに呼ばれる不動明王ですが、仏法を守り、人々の煩悩や迷いを断ち切っ

てくれる大日如来の化身とされています。

で、なぜ都内には5色のお不動さんがいるのか?徳川家光の頃、江戸の鎮護と天下泰平を願って建立されたといわれています。

5色には意味があって、地(黄)、水(白)、火(赤)、風(黒)、空(青)だそうです。目黒とか目白の地名になっている所もあります。

目青不動は、元は麻布の観行寺のご本尊だったのですが、廃寺になったのを期に太子堂の最勝寺(教学院)に遷されました。

ここを近道にしている地元の人も多く、ついでに軽くお参りする姿もよく見かけます。

都内唯一の存在「世田谷代官屋敷主屋」

彦根藩世田谷領20カ村の代官を務めた大場家の居宅兼役宅で、大場代官屋敷と呼ばれていたそうです。現存する代官屋敷としては

都内唯一の存在で昭和27年には「都史跡」に指定されています。

敷地内には無料で入ることができ、郷土資料館も併設されています。10月1日から12月6日までは座敷内を公開して、ボランティア

の方が丁寧に案内してくれていました。

名物「ボロ市」が開かれるのは、この屋敷前とその周辺で、5年に1度は代官行列と称して、当時の装束を纏った地元の人たちが代官

見回り行列を再現します。

(岡田)

世田谷防犯協会の街自慢は「家庭と防犯」12月号で紹介しています。

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