取材さんぽ《小金井・国分寺》

豊かな自然が育んだ歴史と暮らし

小金井市と国分寺市はとにかく坂が多い。高低差が10mから20mもある坂が至る所にあります。これはもう「崖」といってもよいくらいの急斜面で

地元の人は「ハケ」と呼んでいます。今の多摩川を形成する、はるか前の古多摩川が武蔵野台地を削ってできた河岸段丘のことで、このおかげで豊かな

自然に恵まれているのだそうです。国分寺市の名前は聖武天皇が国家鎮護のために各地に建てた国分寺の1つ「武蔵国分寺」に由来し、江戸時代には

徳川家の御鷹場にもなっています。大正の頃は自然景観のよさから別荘地としても人気だったそうです。

このお地蔵さん、背中にリュックをしょっているんですよ。

JR小金井駅のロータリー脇にいらっしゃいます。小さいので見落としてしまいそうですが、街歩きの最初に見つけるとなんだか幸先がよく嬉しくなります。

この横の立て看板には小金井市の名前の由来が紹介されています。

「黄金に値する豊富な水が出る」ことから黄金井=小金井になったといわれているそうです。

この庭園は滄浪泉園「そうろうせんえん」といいます。大正期に国会議員も務めた実業家の波多野承五郎氏の別荘の一部を庭園として残したもので、武蔵野の

自然が残る野趣豊かな庭園で、園内の湧水でできているこの池が幻想的で素晴らしい。池の辺りにベンチがあるので1日ゆっくり陽の移ろいを眺めるのも一興

です。

国分寺市の西恋ヶ窪に鎮座する熊野神社。創建は不明ですが、元弘3(1333)年の「分倍河原の戦い」に巻き込まれて社殿が焼失したと伝えられているので、

その前からあったのでしょう。東国巡国中の聖護院の道興准后が文明18(1486)年にこの地を訪れて詠んだ「朽ち果てぬ名のみ残れる恋ヶ窪今はた問うもち

ぎりならずや」という歌碑があります。境内は綺麗に清められていて地元の人に愛されてきたことがわかります。

ところで、恋ヶ窪という地名の由来を知りたくなりますが、諸説あって、一番ロマンチックなのが悲恋物。畠山重忠という武士と遊女のロミオとジュリエットのよ

うなお話です。興味のある方は調べてみてください。

(岡田)

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